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..... なにも出来なくなってしまった



○ なにかがおかしい、でも休めない


わたしは高校2年生の冬に、某大学病院でCFSと診断されました。
けれど、症状自体はずっと以前からありました。思い返してみれば、1年以上前の高校1年生の頃から「何かがおかしい」と感じていました。

がんがんと音がするような頭痛や、めまい。
授業に身が入らなくなり、勉強が頭に入らなくなる(集中力や記憶力の低下)。
手足の筋肉が弱ってきたような感じで、力が入りにくい。握力が弱くなる。
気分がやたらと落ち込んで、学校に行きたくなくなる。
文化祭の準備で忙しく、過労からじんましんが出たこともありました。

けれどわたしはそれが「自分の根性が足りないから」と思い続けて、健康ではないけれど病気とも言えない「半病人の状態」を押し通して学校に通い続けていました。
それでもやはり普通には過ごせず、遅刻や忘れ物をする(これは昔からあったんですけど…)、宿題をやろうとしてもどうしても出来ずに、提出できない…という状態です。

前日にやろうとした数学の宿題が、どうしても出来なかったこともありました。
翌日「宿題はどうしたんだ!?」と教師に怒られて、
「すみません、体調が悪くて出来なかったので…」
と言った瞬間に、思わずぼろぼろ泣いてしまったこともありました。
(因みにその直後から、その数学教師がうって変わって優しくなりました…
そんなつもりじゃなかったのに、涙ってスゴイ)

記憶力だけが自慢だったのに、世界史の内容が全く頭に入らなくなって、自分のあまりの集中力のなさに授業中に涙が出てくることもありました。
「何かがおかしい」とは感じていました。
けれどそうは思っていても、自分が休むべきだとは思っていませんでした。もっと頑張らなくては、もっと周りのように向上しなくては、休んでいてはいけないんだ、と自分を追い詰め続けていました。
実際にこの頃は、人生で一番真面目に勉強していたので、成績も良かったです。
ちゃんと努力をして、ちゃんと結果を出している、という事実が心の支えでした。

人生に休みなんてないんだ。
死ぬまで頑張って、ぎりぎりに張り詰めた状態をなんとか維持していくこと。
それが人生なんだと本気で思っていました。そのことに挫けそうな自分が嫌でした。
頑張らなければ。
そう思う一方で、これからもずっとこの状態が続くのかと思うと、それが永遠のように途方もない、長く、苦しい時間に思えて、目まいがするようでした。

本当にこれ以外の生き方なんてないのだろうか。
本当にこの状態を続けていかなければいけないんだろうか。
本当にもう、永遠に休むことなんて出来ないのかな…


○ 動けなくなるまで、わからなかった。


高校2年生の夏に、とうとう自転車を漕ぐ体力がなくなりました。
夏休みの補習に向かう最中でした。坂道をどうしても自転車でのぼれなくて、仕方なく自転車を降りました。
学校まで片道20分程の道のりで、その半分も漕いでいないのに、ぜいぜい息を切らしていて、どうしても手足に力が入りません。
立ち尽くしていると、涙がぽろぽろ出て来ました。
どうしよう、学校に行けない。行かなくちゃいけないのに。でも、本当は行きたくない。もう無理だ。だって、自転車も漕げないのに。

はっきり自分で意識できていなかったけれど、体力的にも精神的にも限界でした。

自転車を引きずりながら家に帰りました。
わたしを見た家族が驚いて、「どうして戻ってきたの?」尋ねます。
怒られるだろうか、どうしよう。
迷ったけれど、もうここで言わなければどうしようもないと思い、
「自転車が漕げない。手足に力が入らない。学校に行けないし、行きたくない。」
そう言った途端にまたぼろぼろと涙が出てきて、気がつくとわたしは泣きじゃくっていました。

「もうこれ以上頑張りたくない。」
わたしは必死で家族にそう伝えようとしていたのです。
でも当時は、そんな自分の感情に全く気がついていませんでした。

母親は、さすがに「これは何かがおかしい…」と感じたらしく、
「とりあえず補習をしばらく休みにして、様子を見てみたら?」
と言ってくれました。

学校に行かなくてもいいんだ、と思うと身体の力が一気に抜けたようになり、その日から布団に入りっぱなし、ほぼ寝たきりの状態に。
実は、この頃の記憶は余りありません。布団に入りっぱなし、ご飯やトイレの時だけなんとか這い出していく…という単調な毎日だったので。
ただ、夕飯の食卓では座っていることも辛くて、ただ手を伸ばして箸を持つことさえとても労力を要するため、「よし、やろう」と決心しないと出来ない状態だったことを覚えています。

もっと早くにSOSが出せればよかったのに。
高校1年生の冬にはもう何かがおかしかったのに、半年以上経って身体の方が「動けません」と言い出すまで、無理に無理を重ねてしまったのです。

それまでの無理の埋め合わせのように、寝たきり生活に突入。
でもわたしはどこかでほっとしていました。
休んでもいいよ、と言われてただ寝ていられることが、嬉しくて嬉しくてたまらなかったのです。